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杉原千畝 スギハラチウネ:たかが紙切れ一枚のことなのに【邦画名言名セリフ】

映画「杉原千畝 スギハラチウネ」を観ましたので、レビューします!

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杉原千畝 スギハラチウネ:ウィキペディア情報 

杉原千畝 スギハラチウネ
監督 チェリン・グラック
脚本 鎌田哲郎 (脚本家)
松尾浩道
出演者 唐沢寿明
小雪
音楽 佐藤直紀
撮影 Garry Waller
編集 Jim Munro
製作会社 日本テレビ放送網
配給 東宝
公開 日本の旗 2015年12月5日
上映時間 139分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語英語
興行収入 12億1000万円[1]



杉原千畝 スギハラチウネ:あらすじ】※ウィキペディアより引用

昭和30年(1955年)、日本の外務省を訪れたユダヤ人ニシェリは、自分の命を救ってくれた「センポ・スギハラ」という外交官との面会を求めるが、応対した関満一朗から「センポ・スギハラという外交官は存在しない」と返答されてしまう。ニシェリは「必ず探し出す」と言い残し外務省を後にする。

 

昭和9年(1934年)、満洲国外交部の一員として働く杉原千畝は、白系ロシア人のイリーナとマラットと共に、ソ連との北満鉄道譲渡交渉を有利に進めるための、諜報活動を行っていた。杉原はソ連軍が新型列車を盗み出そうとした証拠を掴むが、手を組んでいた関東軍の南川欽吾の暴走によって、マラットとソ連兵が殺害されてしまう。

 

穏便な解決策を無下にされた杉原は、満洲国を私物化する関東軍に嫌気が差したため、満洲国外交部に辞表を提出し、日本に帰国する。帰国後、杉原は、モスクワの在ソビエト社会主義共和国連邦日本国大使館への赴任を命じられる。

 

念願の任地への赴任を喜ぶ杉原だったが、ソ連から北満鉄道の一件を理由に、ペルソナ・ノン・グラータを発動され、入国を拒否されてしまう。落胆した杉原は、友人の菊池静男とヤケ酒を飲み菊池の家に泊まるが、そこで菊池の妹・幸子と出会い、恋に落ちる。

 

昭和14年(1939年)、杉原は新設されたリトアニア・カウナス領事館への赴任が決定し、ソ連の動きを探るように命じられる。杉原がカウナスに赴任した直後、ソ連はナチス・ドイツと独ソ不可侵条約と締結し、ドイツはポーランド侵攻を開始した。杉原は、接触してきたポーランド人スパイのペシュと手を組み、諜報活動を開始する。杉原とペシュは収集した情報を分析し、独ソが東ヨーロッパを分割支配しようとしていることを突き止めるが、日本は明確な対策を取ろうとはしなかった。

 

昭和15年(1940年)、ソ連軍がバルト三国を占領する。ドイツからの迫害を逃れて来たニシェリたちユダヤ人は、ドイツと同盟を結ぶソ連から逃れるため国外脱出を図るが、各国領事館はソ連軍によって次々に閉鎖され、脱出に必要な査証を受け取ることが出来なくなってしまう。そんな中、オランダ領事代理のヤンはニシェリたちに査証を発行するが、ドイツが支配する西ヨーロッパへの脱出は不可能であり、ニシェリたちは極東経由での脱出を目指し日本領事館に査証の発行を求めるが、外務省からペシュら協力者以外への査証発行を禁止されていた杉原は、ニシェリたちを無視するしかなかった。

 

しかし、ヤンの行動や日に日に査証発行を求めるユダヤ人たちが増えていくのを見た杉原は心を動かされ、独断でユダヤ人たちへの査証発行を決断する。杉原は領事館が閉鎖され国外退去するまで査証を発行し続け、ニシェリたち多くのユダヤ人がリトアニアから脱出し、ハティクヴァを歌う。

 

リトアニアを退去した杉原は、東プロイセン・ケーニヒスベルクに赴任する。杉原とペシュは、ドイツ軍が国境地帯に集結している事実を掴み、ドイツがソ連への侵攻を計画していることを察知し、駐ドイツ大使の大島浩に「日本がアメリカと戦争になってもドイツの支援は得られない」と忠告するが、ヒトラーに心酔する大島は、杉原の忠告をまともに取り合おうとはしなかった。独ソ戦開始後、ドイツはソ連への侵攻計画を漏らした杉原の国外退去を要求したため、ルーマニアへの赴任を命じられる。杉原は大島に対し、「アメリカと戦争すれば日本は負ける」と警告し、ルーマニアに向かう。

 

昭和20年(1945年)、杉原はソ連軍の捕虜収容所の中で手紙を渡され、その際に日本の敗戦を知る。子供たちと共に側にいた幸子は、杉原の心情を慮り場を離れ、落ち着いたところで手紙がイリーナからの物だと知り中身を確認する。手紙には、「杉原が発行した査証によって多くのユダヤ人たちが救われ、多くの人々の人生を変えた」と書かれており、最後に「ありがとう」と結ばれていた。手紙を読み終えた杉原は涙を流す。

 

昭和47年(1972年)、外務省を退官し貿易会社に勤務していた杉原は、任地のモスクワで、ニシェリとの再会を果たす。杉原とニシェリは、数十年振りの再会を喜び、モスクワの街を歩いていった。



【杉原千畝 スギハラチウネ:キャスト】※ウィキペディアより引用

杉原千畝 - 唐沢寿明
杉原幸子 - 小雪
ペシュ - ボリス・スジック(英語版、ポーランド語版)(日本語吹替:高木渉)
イリーナ - アグニシュカ・グロコウスカ(英語版、ポーランド語版)(日本語吹替:佐古真弓)
ニシェリ - ミハウ・ジュラフスキ(日本語吹替:宮内敦士)
グッジェ - ツェザリ・ウカシェヴィチ(日本語吹替:平川大輔)
南川欽吾 - 塚本高史
大迫辰雄 - 濱田岳
根井三郎 - 二階堂智
菊池静男 - 板尾創路
関満一朗 - 滝藤賢一
大橋忠一 - 石橋凌
大島浩 - 小日向文世
ユダヤ人母 - アンナ・グリチェヴィチ(日本語吹替:山崎美貴)
ガノール社長 - ズビグニェフ・ザマホフスキ(日本語吹替:石住昭彦)
ローゼンタール - アンジェイ・ブルメンフェルド(日本語吹替:立川三貴)
ヤン・ズヴァルテンディク - ヴェナンティ・ノスル(日本語吹替:佐々木勝彦)
マラット - マチェイ・ザコシチェルニ

 


【杉原千畝 スギハラチウネ:トリビア※ウィキペディアより引用
・杉原 千畝(すぎはら ちうね)‥1900年(明治33年)1月1日 - 1986年(昭和61年)7月31日)は日本の外交官。第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランド等欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。1940年7月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6,000人にのぼる避難民を救ったことで知られる。その避難民の多くが、ユダヤ人系であった。「東洋のシンドラー」などと呼ばれることがある。カウナス領事館閉鎖後も順調に昇進し、1944年日本政府から勲章を授与される。早稲田大学高等師範部英語(教育学部英語英文学科)科予科中退、日露協会学校特修科修了。



【杉原千畝 スギハラチウネ:おすすめポイント】
1.日本人の神髄を観ることができる!!!感動と感激と日本人の誇りを感じられる!!!
2.外人キャストもすごく良い!!
3.脇を固める日本人キャストも素晴らしい!


杉原千畝 スギハラチウネ:名言名セリフ】
1.杉原千畝役唐沢寿明の名言名セリフ
 →「初めてだ 俺の名前を正しく読んでくれたのは」
 →「モスクワを良く知れば日本を良くする事ができる」
 →「私は今でも世界を変えたいと思うのですよ」
 →「全てを失ってもついてきてくれるか」
 →「センポと呼んでください」
2.杉原幸子役小雪の名言名セリフ
 →「心はみんな同じなんですもの」
 →「私のライフワークを盗もうとしたのよ」
3.イリーナ役アグニシュカ・グロコウスカの名言名セリフ
 →「今夜が最期でしょ」
 →「あなたに会って彼らは変わり 彼らに会ってあなたも変わった」 
 →「たかが紙切れ一枚のことなのに」

 →「ユダヤ人も私と同じ」

4.グッジェ役ツェザリ・ウカシェヴィチの名言名セリフ
 →「世界は車輪です」


杉原千畝 スギハラチウネ:Youtube情報】  





杉原千畝 スギハラチウネ:個人評価=★★★★★】
★★★★★:今すぐ観るべき‥人生を生きる為の何かを教えてくれる貴重な映画
★★★★:早めに観るべき‥観る人だれにでも何かを与えてくれる大事な映画
★★★:まあ観ても良し‥観る人によっては全く意味を持たない普通の映画
★★:観なくても良し‥単に時間だけを浪費してしまう可能性が高い映画
★:観てはいけない‥観た後に非常に残念な気持ちを感じてしまう映画


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